徳右衛門丁石の話

 その13-5


 さて札の話にもどりましょう。

 越中州産・嘉七という行者の札があります。上部には、如意輪観音さんがおられます。「天下和順・日月清明」の脇書があり、中央には、「奉納大乗妙典六十六部日本廻国」の語があり、中央には朱の角印が斜めにおしてあります。名前の「嘉七」以外は全部版木で押したもののようです。

 大乗妙典というのは、法華経のことです。他にも大乗の経はたくさんありますが、この場合は大概法華経のことをいいます。

 しかし、法華経一巻を、六十六部を書写するというのは大変なことです。この越中(富山県)出身の嘉七さんが何時の時代の人か不明です。いずれにしろ、名前以外は全部版木になっていることなどからして、この人が実際に法華経全巻を六十六部書写されて奉納してゆかれたものかどうか疑問です。

 現在の四国遍路のほとんどの人がそうであるごとく、写経よりも読経でもって奉納されたものかも知れません。

 僧名があれば立派な行者ということにはなりませんが、こうした廻国行者には俗名のまゝで居られる人が案外に多いようです。


 次に『常州新治郡中根村・願主常右衛門』さんの札をみてみましょう。

 前の札と違うのは、「六十六部」の語がなく、天下和順の語が「天下泰平」になっています。そして何よりも大きな相違点は、先の観音像のかわりに、梵字があることです。それも「キリーク・サ・サク」の三字―つまり、弥陀三尊と称される、阿弥陀仏と観音・勢至の両菩薩の梵字(種子シュジという)があります。

 先程の越中の嘉七さんは観音信仰の札でしょうが、こちらの(常州・茨城県)常右衛門さんの札は浄土(阿弥陀)信仰の札となっています。



東台坊




※以上『同行新聞』より転載。今回は少し横道に入ってみました。遍路研究にはどうしても「へんろ石」と「へんろ札」の調査研究を無視することはできません。その一考の種にでもと挿入した次第です。(平成十九年九月二十八日 独行庵榮徳)

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