異域地巡礼の納札研究
善通寺紀要 第18号より



 五、『若山家所蔵 熊野街道善根宿納札調査報告書』のこと (2)


 ○回国札

 阿弥陀信仰の札百三十七枚。外に近在の寺院の守札もあったが省略。善光寺三尊朱印版は一部数にいれてある。また徳本上人の命日「文政元年寅十月初六日」の戒名札「名蓮社號譽上人称阿弥陀佛徳本行者」も数に入れている。


回国行者札

 次いで回国行者系の札も抽出してみた。選別のキイワードとしては、「大乘妙典」「六十六部」「日本廻国」「諸国」「神社仏閣」の五種。まれに「大日本国」「神拝」「霊場順廻」「本朝」などの語彙も登場してくるが、それらはわずかな数であり適当に処理した。


 大乗妙典・六十六部・日本廻国は一応仏教的用語でもって説明、諸国・神社仏閣の方は参詣対象としての建造物を言っている。ところがどちらも参るべき対象地としての霊場の表現なのであるが、これら以外にも四国・西国というはっきりとした目的もあった。右表で上段側(ア〜ケ)と下段側(コ〜ス)で二分されたような結果が出ている。

 これの理由は下段側「神社」仏閣の言葉にあるように思われる。仏閣の言葉は使っているものの、仏教的「大乗妙典」「六十六部」などの表現を避けたのではと考えられる。極端に推測するならば幕末期のこうした巡礼札の文言表現にも、廃仏棄釈に連なる思想が潜伏していたとも考えられるのである。また西国霊場は三十三所と数は四国の八十八ヶ所より大分少ないものの、総距離は同じく千二、三百キロメートルもあり、その長い道中有名な大社が林立していたことも考慮して置かねばならない。

 このことは明治期に入っての札の言辞に皇国とか大日本とかが出てくることにもうかがわれるのである。しかし、いわゆる回国修行者にとっては神仏どちらの霊場(霊地)も区別なく参詣すべきところであった。  ややこしいことを想像たくましく考えて行くよりも、札の文言の表現としてほぼ二様に分かれて集中していることを確認しておけばよかろう。とにかく四国西国さらには坂東秩父などといった名目と違った巡礼札が少なからずあったという事に注目。

 当初これらの回国札を眼にしたときに感じたのは、札の洗練された意匠、菱形の角印、それに行者札であるのに俗名の願主名が多かったことである。さらに女性の名が多かったのにも不思議に思われた。




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