茂兵衛の添句標石 <その9−2> ●百度目為供養の句碑歌 明治二十一年 ・吹風も 清し蓮乃 花の寺臼杵陶庵 仏木寺門前 ・うまれ来天 能古留茂の登天 石はか里 我身ハ消へし 無可志な里希り ・世の中尓 神も佛も 奈きもの越 まれ尓志ん寿る 人尓楚阿連 松山市鴨川橋袂 ・阿撫可し 今世に迷ふ ひとゝ越 ・法の花 咲く道ゝの 匂ひ希り 臼杵□□ 本山寺の近く ・花の香や いと奥婦可支 法の道 □□ ・四国路盤 八十八乃 御佛茂 天下可四海の 五穀成就 ●百二十一度目 明治二十四年 ・真如乃月 かゝや久や 法の道 冷善 金倉寺門前 ●百四十度目 明治二十八年 ・鶴多ちし あとへ往天徒む 若菜可那 吉備・津太嶋 出釈迦寺の手前 ●百四十七度目 明治二十九年 ・旅うれし 只ひとすじ尓 法の道 雲辺寺境内 ●百七十九度目 明治三十三年 ・旅う禮し 太ヽ一寿じ尓 法の道 61番〜62番 ●百八十四度目 明治三十四年 ・三つの角 うれしき毛之者 道越しへ 椿堂の東 ・以登嬉し まよひもとけ天 法能みち 南予内海村 ●百九十一度目 明治三十五年 ・山を踏みて うれしき毛の者 道しるべ 42番〜43番 ●百九十ニ度目 明治三十五年 ・煩悩の 暗を破りて 介ふ能月 金倉寺門前 ●二百三十七度目 明治四十三年 ・花の香や いと奥ふかき 法の聲 延光寺手前 ●二百三十八度目 明治四十四年 ・迷ふ身を 教へて通寸 法の道 59番〜60番 ●二百四十一度目 明治四十四年 ・まよふ身を 教へて通寿 法の道 義教 73番〜74番 ●二百四十六度目 大正元年 ・まよふ身を 教へて通須 法の道 觀 伊予北条市 ●(明治四十五年) ・鶯や ほう法けきょの 法の道 40番〜41番 ●二百四十七度目 大正ニ年 ・その心 唯一すじに 法のみち 53番〜54番 ●二百五十四度目 大正三年 ・生まれきて 残るものとて 石はか里 わが身は消へ天 昔那り希梨 義教 59番〜60番 ●二百五十六度目 大正三年 ・旅うれし たゝ一すじに 法の道 土佐 ●二百五十八度目 大正四年 ・山中で うれしきものは 道於し恵 伊予北条市 ・旅う連し 唯ゝ一筋に 法の道 延命寺参道 ●二百五十九度目 大正四年 ・ま与ふ身を おしえて通須 法の道 伊予今治市 ●二百六十五度目 大正五年 ・旅もれし 唯一すじに 法の道 土佐寺山口 ●二百七十一度目 大正七年 ・迷ふ身越 教へ天通す 法の道 26番〜27番 (了)
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