四国辺地の草堂・真念庵
〜昭和63年(1988年)・6月16日号より〜


 九、霊験 (お四国のさた)

 四国編路は絶望の旅であった。しかし、その中にも一条の光がさしている。全ての人に与えられたものでは無かったが、如何なる人に対しても、その可能性が約束されていた。

 可能性は、結果としては極く少数のものにだけであったが、途方もない霊験を現実のものとさせたのである。

 真念庵の前にある道標石(町石)は幕末(弘化二年、一八四五)に建てられたものであるが、これには次のような歌が添刻してある。

 いざり立 目くらが見たと をしが云 つんぼが聞たと 御四国のさた

 いかにも良くできすぎた歌であるが、これがあながち嘘といえない現実が「お四国」にはある。日常茶飯事といえば嘘になるかも知れないが、数年に一度にしろ、衆人を驚かすようなおかげ(霊験)があったからこそ、我も我もと多くの遍路が四国へと押しかけて来たのである。

 ここでは詳述できなかったが、そうした霊験を受けた人々の奉納物が、四国路の各所にある。もちろん真念庵にもいくらか残っている(たとえば木製の車輪の“歩行障害者の車”が数個吊ってある)。


歩行障害者が使った木製の車が吊るされている


 以上雑多なことを書き連ねてきたが、近世遍路の拡がりを支えてきた、真念法師の周辺を探ってみた。四国辺地の草堂には、今も「お四国」の姿が、しっかりと残っているのである。



八、遍路墓 / 旧稿・四国辺地 トップ