徳右衛門丁石の話

 その25-1


 「是より横峯迠 四里」施主名不明(読み取れ無い)の石がある場所は、昔から「臼井水」として良く知られていた場所です。番外霊場として活動が振るった時代もありました。現在も円筒形の石臼から滾々と綺麗な水が溢れ出ています。歩き遍路さんには必見のスポットです。机上の空論ではなく興趣深々の場所なのです。

 まず二百年前に描かれた図。
 画面右下に大師石像。その前に臼井があります。問題なのは中央左に座っている人物が見ている石碑。この人物は名所図会を残した阿波の遍路自身の姿でしょうか。この石碑が現存しているのです。


寛政十二年『四國遍礼名所図会三巻』より

 その臼井碑は遍路中の弘法大師が「貴物上人」と呼ばれて登場しています。よくある水の話ですがここでは割愛します。ぜひ一度お参りして見てください。その碑文は膳藩前大学と称する「中川安世」という人物の手になるものです。膳藩とはおそらく膳所藩のことでしょう。しかしこの人物について何も分かっていないのです。何故?何故?と言ったところです。しかし伊予の遍路道の端に描かれるほどの立派な石碑が建てられています。一等の遍路資料と考えられるものなのです。


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